世界文化遺産、熊野の山々に導かれ‥②

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前回の話に続く、今日は、旅の2日目のお話。

今回の旅行は、梅雨の最中であり、台風も南に発生していたり、天気予報が気になるところでもあった。でも、私の楽観で、「きっと晴れる」何の根拠もないのに、あまり心配はしてなかった。

‥が、しかし、2日前に、線状降水帯という、一気にバケツをひっくり返したような大雨が降った。交通網は、一気に遮断され、その影響は、出発前日まで続いていた。天気は前日から晴れ、高速道路の通行止めは続いていたが、当日には開通され、順調に熊野には、到着した。

‥が、しかし、第二弾‥紀伊半島の雨の被害は、後日まで影響していた。山間地方は、崖崩れが起きたり、またそれによっての通行止めが各所に起きていた。

2日目に行った神社は玉置神社山の高さ1000mの山頂にある。山道をひたすら登る。冬は凍結で閉鎖することもある。今回は先日の雨で崖崩れで途中道路が閉鎖されている?との情報もあった。当初の予定は、3日目に、この玉置神社に行く予定をしていたが、天気予報で3日目に雨マークも出てきた。もう2日目に行くしかない。この日の天気予報は晴れ。あとは、途中、崖崩れの道路閉鎖が開通されていることを祈ることと、道中の安全を祈りながら、2日目の玉置神社行きを決行した。

途中までの道は、順調だった。が、やはり道路の閉鎖はそのまま。交通整理の工事の方に、迂回路の案内を聞く。くねくね細道。すれ違いもぎりぎり。すでにこの感じか‥山頂近くは、本当に狭い山道もある。よっしゃ!でも行くぞ〜娘と気合を入れて!?笑 目的地に向かった。何だか、このアドベンチャー的、旅を娘と一緒に楽しめてることが、とっても嬉しかった!

途中、これから延々と続く山道のことも知らずに、小さな滝を見つけてはしゃぐ娘‥

実は、目的地である、この玉置神社には、私は2度目の参拝となる。前回行ったのは、3年前。この時は、何と私は、一人でやって来たのだ。自宅から片道300kmの道のりを一人で運転して熊野にやって来たのだ。所謂、夫婦喧嘩をして、啖呵を切って家を飛び出したのである。苦笑

なぜ、その時、熊野まで来たのかというと、もちろん、それまでも何度も来ていたこともあって、世界遺産となる温泉の心地良さも充分知っていたこともある。何故だか、喧嘩の後、初めて「家を出て行く!」と決めた時(こんなことは全く初めて)熊野に行こう、と何かに押されるかの様に、簡単な身支度で、車に乗り込み、そこを目的にひたすら走って来たというわけなのである。そして、その時、泊まった宿の方に、「あなた、玉置神社知ってる?あそこは、呼ばれた人しか行けないけどね」と言われて、私は、勝手に呼ばれたと思い(大笑)それは行かねば(単純な思い込みかもしれないが、行く!と覚悟したのだ)一人この1000m級の山道をひたすら登ってお参りしたのだった。その時、とても感動したことと、鳥居の横のうどん屋さんで色々助けてもらったことのお礼を伝えたく、3年越しの念願の玉置神社だったということなのだ。

ひたすら山を登った‥ハンドルを何度切ったことか、まるで、遊園地のゴーカートのように、左右に何度も切り返し続けていた。まだ、登る?登る、登る‥

そして、ようやく、着いた〜

ここは、和歌山県から奈良県に入り十津川村という場所となる。

私と娘は、この入り口の現在地の鳥居から、この地図のしたの樹齢3000年の圧巻の大杉から右上の玉石社まで、ぐるりとひたすら歩いて登っては、降りて、を繰り返し、各所でお参りした。

娘とこの場所に来れたことは、最高に幸せなことだ。特にこの玉石社の辺りは、杉林の中で、何とも言い難い澄んだ空気と重厚な空気が入り混じったような、厳かな感覚だった。

お参りを終え、神殿を後にした時、ふと空を見上げると、

素晴らしく美しい青空が広がっていた。

参拝を終えたら、最後は、鳥居横のうどん屋さんに寄って、3年前のお礼を伝えたい、とお店に入った。当時の店主さんは変わらず、元気なおじさん。10年前からこちらで、参拝者のお腹と心を満たすお役目をされているんだなと、改めて知った。3年越しのお礼を伝え、この神社を後にした。

さぁ今夜も、湯峯温泉の源泉に浸かって、心身共に緩めよう。

宿は、あづまや旅館 湯峯温泉はたまらなく癒される。湯の花が浮いていて、この湯に浸かっていると大地と繋がって行く感じがするのは、私だけではないと思う。

最高な母娘旅も2日目が終了してしまった。残すのは明日の3日目を残すだけとなった。3日目も十分楽しめた。良かったら、続編に続く〜

玉置神社で(^^)